弟子のSです

武術の稽古日誌

あなたの内側はどこですか?

前回の記事に続き剣術の稽古の解説をせよとの課題をいただいた。それは次のような稽古であった。 開いた左手の上に剣を載せ、コの字型に右手を添えて剣を立てて構える。安定と不安定の中間にあるこの状態に剣を保持し、意思でなく剣の落下に導かれて斬るよう…

短棒/ヌンチャクを使った稽古

このたび師より、人に分かるように説明できないことは自分でも分かっていないのだということで、現在私がおもに取り組んでいるところの短棒およびヌンチャクの稽古の解説をせよという課題が与えられた。二種の稽古の意義がひとりよがりにならずに読者に伝わ…

稽古メモ

先週の金曜稽古で、師に強い調子で言われたこと。 問いを立て直すな。 「なぜ太極拳はゆっくり動くのか」「なぜひじを曲げないようにする(=掤を張る)か」「なぜ靠は・・」「なぜ・・」武術に関する基本的な問いについての答えは何度も言葉で説明されてい…

稽古メモ(俳句編)

4月から俳句を始めて半年経った。当初はイージーな気分で臨んでいたが、師に取り組み方から厳しく指導され、一方であれこれと良い句を紹介されたことが導火線となって興味に火がつき、気がついたらすっかりはまっていた。 子供空手で師が「型は覚えて終わり…

武術はジャズかもしれない

(PCで見たとき非常に重いと教えてくださった方がいて、1ページあたりの記事数を半分にしました。ご指摘ありがとうございました。) 先日師に「礼や師弟という概念を理解しておらず、重要な師の話を遮って自分の関心のあることだけを聞こうとする」と言われ…

一人稽古メモ

・中二病と師にいわれる私は自意識対策に俳句を詠んでいる。落ち着いて順序よく考えれば詠む対象と自分とは同じものなので(むずかしい言葉で「梵我一如」という)、対象に対して直(ちょく)であれば、それは自意識なんて上っ面のものでない、本来の自分が…

カスタネダ読み終えた

カスタネダのドン・ファン本6冊を読了。終わってみれば付箋でいっぱい。神秘的だ、トリッピーだと受け取られ、もてはやされたシリーズらしいが、私にはごく実践的・普遍的な内容に思えた(巻によります)。「呪術」という言葉が交霊とかその筋の印象を与え…

弟子であろうとするSです

「守る」と「受ける」は違う。「守る」とは「攻め込まれないようにする」ことで、それを形にしたのが「構え」だ。 このことを教わるきっかけになったのは、昨日、師と次のような姿勢で対峙していてのこと。下図のBが打ち込むのを、Aが揚力を使った刀さばきで…

カスタネダ爆読み中

カルロス・カスタネダ。いま6冊手元にあって、気軽に読み進められる本でもないので、今夏の読書はこれで暮れていきそう。主な訳者である真崎義博訳のものを原著の刊行順に以下に挙げる。当時のベストセラーも現在ではなかなか手に入りにくいようだ。 1.『呪…

稽古メモ

動きの素人っぽさ。具体的には「硬い」「我が出張っている」。師にガイドされるとそれらの欠点はすんなり改善され、柔らかく素直に動けるようになる。稽古に臨む下準備とも言えるその状態に自分でなれるよう覚え書きしておく。 当日は大変暑い日だったが道場…

俳句詠みは戦士である

前回の更新から今までのこと。 カルロス・カスタネダ『呪術師と私』読む。インディアンの呪術師に弟子入りした人類学者の記録で、二部構成のうち、著者が合理的説明を試みた後半部分により「最上の題材について書かれた最悪の本」と批判を受けたものだという…

同じことを百回やっても

師「あなたは病気。病識がないのが問題。個々の稽古をいくらやっても、その性根、人格を直さないかぎりどうにもならない」。 努力と根性の人は九九を百回書き取る、というようなアプローチで武術を学ぼうとするが、同じことを百回やっても賢さは増えない。そ…

「明晰の罠」

「わからないことがある」ということをも含めて、わかる、ということは、本当にかけがえがない。静かで、確かだ。 といつぞやの記事に書いたように、理解とは武器であるなあとつくづく思う昨今だったが、くだんの対話で師が 「悟ったという明晰さすら敵であ…

武術家二人の対話

古流武術の伝承・指南を行っている剣術の達人と師との対話を音源から聞く。文字起こししながら聞いたらやたら時間かかった。「武術家同士の交流が馴れ合いを避けるには、同意見の人より、同問題に別アプローチをしている人と交わっていくこと」と師の仰ると…

西池袋公園

参考になるからと師に教わり、ある男性の太極拳を見学に西池袋公園に行く。大きな病院で中医学による治療に携わっておられる方だとのこと。ご本人からお話を伺ったわけではないので紹介は控えるが、都内で太極拳教室を教えておられ、ご著書もあるそうだ。 と…

はてなデビュー

無事に過去記事のインポートを終え、お引越し完了。 とりあえず見た目だけ整えたので、細かいところはまだこれから。デフォルトで本文の文字が大きく、スペースは小さくて、今までみたいに長くは書けない仕様だが、それがかえっていいかも。

稽古メモ+ブログ引越しのおしらせ

先日、塔手のかたちから、自分の手と接している相手の手を共働して床に着ける(≒崩す)という稽古をした。同じ捨己従人でも、従来は相手と「ぶつからない」という否定形だったが、その稽古からは相手と「同じになる」「同じである」という別種のニュアンスを…

稽古メモ(俳句編)

前々回の記事に「Sさんは遊行ではどうもうまくいかない」と師に言われたと書いたが、何がうまくいかないのですか、と尋ねると「こんな調子では、あなたが”我”から自由になるには、懸命にやっても10年かかる」とのこと。 「我」から自由にならないとなぜ困る…

報酬系の是非

去年の今頃は「出稽古だーー!!」とカフェでバイトしていて途方もなく忙しく、お祭り騒ぎのような毎日、シフトを終えて飲む一杯のアイスコーヒーは極上の美味であった。しかし、このわかりやすい報酬系の至福は何かちがう、武術とちがう、という感覚が常に…

稽古メモ

私の首〜背中はいつなんどきでもガチガチに凝っている。もっぱらケガの時にお世話になっていた鍼灸師に、先日思いついて施術してもらってみた。そのことを書いたツイート(↓)を師が覚えていてくださって、昨日の稽古のイントロはそこからだった。 鍼も打っ…

追求は解放なこと

これだけやっていてとぼけるな、と言われるのだが、たとえば、武術的な力量についての相対的な話、誰と誰のどちらが上か、みたいな話が私にはどうも飲み込みにくい。師の頭の中では、武術家としての視点から、ご自分が誰より上で誰より下かという位置付けが…

俳句はじめました

さて、稽古への参加を金輪際認めない、など時折お父さんに「押入れに入れられ」たりしながら(師がそう仰った)修行はつづく。このブログにも新たなカテゴリーを加えることになった。 それは「俳句」です。 今までに二度開催されたが、句会は道場を離れた稽…

未だ見ぬ蹴り封じ

打撃対策についてはそれなりに怪我も重ねてきたが、痛い目をみれば動物なら何とかしようとするはずという師の予測とはうらはら、いまだ有効な動きができていない。 何年も課題にしてきて、自分はとりあえずこれでいこうと決めたスタイルがあった。それは「(…

失敗メモ

先日、師がツイッター上で名指しはしないが私について「内心では師より自分の方が偉いと思っている。なめている」と指摘された。それは私の心情とかけ離れているため「武術において私は師にこれ以上ない敬意を寄せていて、指摘に関して修正のしようがない」…

この花は私です やっときれいに咲いたのです

稽古や師との対話、その他諸々の勉強を通じて真理に近づく喜びに日々うち震えているが、私の思想的な進捗のあらましを人に伝えるべく記事を書き、「アプラクサスにむかう鳥みたいな話」と題して推敲に推敲を重ねたすえ公開したところ、師にあっさりと「何言…

わからないこと

武術の命題は絶対的な自由の獲得ともいえる。それは「殺されるのに比べれば従った方がまし」「やりたいことはできないけど給料はいいから続ける」の類ではない。なので人間をこうした二択形式の対立構造から解放する必要がある。なので雨は降っているし、同…

切磋琢磨を以て相叶う

昔でいう武州に遊びに行ってきたが、ひたすらぐうたら・ぼんやりしていても、ふと見た額に兵法目録の伝授文句が掲げられていたりして、縁あるものは目が探し出すものだと思う。 これは師弟間で授受される免状の定型文らしく、坂本龍馬が貰い受けた「北辰一刀…

稽古メモ

村山聖ではないけれど、「師匠は一生独身だと固く信じていました」。でも、師ほど家族を欲しがっていた人もいないようにも思う。先生、waiさん、おめでとうございます。 3月吉日、結婚祝いを兼ねた特別稽古には白桃会の前身であるドラネコ商会の面々もいらし…

稽古メモ、のようなもの

ブログの更新頻度が落ちていて、かつ個々の記事が長くなっているのは、言葉で説明しにくいこと、言葉にすると誤解されがちなことを理解することが多くなっているのが一因だと思う・・。それと、書く以外のことをしている時間が多くなった。といっても武術に…

Go and Fence!

師がブログで感想を書かれていた『こころに剣士を』、1月の末に観てきた。映画を観るためというよりは、師の感想文を理解するために行ったという方が正しいけれど。 行く前に英語タイトル(『The Fencer』)を師から聞き、フェンシング(fencing)という競技…