弟子のSです

武術の稽古日誌

昨夜のお稽古

武術90分、中野にて。

腕振り(徒手・杖)/一刀vs二刀(=単推手vs双推手)/色々な武術の構え(合気道・白桃会・ジークンドー意拳など)の違いと、各構えを使った攻防/手首を極めて相手をコントロール太極拳・斜飛勢から雲手へのターン

師に、私の武術をする動機について「主婦は刺激に飢えてるからね」と言われた。刺激欲しさにやっているように見えるのかな・・。師にそう見えるならそうなんだろう。こうも仰った。「勝手に私を偶像視して、私に頼っていたらいつまでも自立できません」。稽古をお願いすると「研究的態度で臨まない稽古は貪りです。自分で稽古をしてください」。

弟子でありながら、師を偶像視せず、師を頼らずに師の武術を学ぶって、一体どうやるのだろう。師とは「遠きにありて思ふもの」なのだろうか・・・

帰りに奮発して駅からタクシーを使った。運転手さんの喋るアクセントが風変わりだったので言ったら、沖縄生まれの関西育ちでフィリピンに20年いたという。それと前歯が総入れ歯なのでスースー抜けるねん、と言った。空港の税関で働いていたフィリピンで強盗に襲われ、ピストルの握りの部分で鼻と前歯を全部折られたんだそうだ。「素人の仕事じゃないですね」と私が言うと「元軍人やったね」。「死ぬかなー思た。俺笑うとったよ。人間て最後は笑うねんな」。

私が武術に取り組む動機や態度は不純かもしれないけど、こういう話を心から面白がれるのは武術あってのもので、それは純な気持ちだと思いたい。