弟子のSです

武術の稽古日誌

今日のお稽古

護身術+太極拳

自立する、バランスを保つ、保ち続ける稽古。

ポンで構えた腕に対して様々な位置で力を加える。加わった力だけ押し返して不動を保つ。同様に両肩を押されながら、バランスを保ちつつ座り、その後立つ。同様に胴を押される力に対してバランス。四股。

動かずにいるということは常に動いて調整しているということ。流れるプールで止まっている状態を保つには、逆方向の等速で泳ぎ続けていないといけない。それと同じだ。

でも・・考える。水流があまりにも強大だったら? 自分のMAX以上の力には負けてしまうだろう。力に等速の力を正対させてバランスするやり方には限界がある。

そして、次の太極拳の時間の推手で、バランスをとるのに引き続き「等価の力を正対させる」を続けていて力でやるなと注意される。そりゃそうだよなぁ、と思う。そのために受け流しがあるんだし、等価の力を超越するところに太極拳の「四両抜千斤」のよさがあるんだもの。

でも・・「等価の力を正対させる」と「等価の力を正対させない」って、この矛盾、どう扱えばいいんだろう・・・?(「でも」が多いなあ。今気づいたけど)

他の生徒が受け流しを使ってクルクルと楽しく推手するなか、どうやって歩くのかと尋ねられたムカデのように動けなくなってしまった。

数時間考えた末、師に教えを乞う。すると「等価の力を正対させる」と「等価の力を正対させない」は「力を無効化する」という点において矛盾がないのだという答えを得た。得心した。

その際、稽古でのそうした一見矛盾する側面にいちいち拘泥して論理的整合性を求める態度を注意される。これからは考えることから離れるように言われた。今のSさんのような西洋人的な発想や思考ではいくらやってもものにならない。武術は矛盾だらけで、そうしていながら完全な論理的整合性をもつものだと。

月曜のしのぎを削る稽古で得た「つかみ」が早くも崩れ去ってしまった。前回の稽古の満足感が一週間ともたない。ああ、滅入っちゃうなあ。次から次へ課題が見つかる・・・・って、先日似たような台詞をTVで聞いたっけ。サッカーの本田圭佑だ。本田はこう言ってた。「ミッション・インポッシブルや。これを体験できるのは世界で俺しかいない」。