弟子のSです

武術の稽古日誌

昨日のお稽古

久方ぶりの武術90分inスポセン。コンビニもロッカールームも懐かしい匂いがした。

今日は推手も組手もせず、ひたすら基礎鍛錬。内容は以下:

・腕振り

・羽ばたき(前後・上下)

・斜飛勢の連続動作から、イメージした球を背側に回して戻す。応用で突きを円状に誘導して投げにつなげる(背側・腹側)

・左右分脚や上歩七星で、クロスしてつなげた両手の用法。その両手に足を連動させて持ち上げ、クロスを解いて解放する→蹴り

・歩法(羽ばたきの手を前方に出し様々なテンポで動かしながら、足は摺り足で歩く)

・上の要領で歩きながら刀で斬り掛かってくるのを受ける、突きを受ける

・震脚と基本の打撃五種(拳・掌・肘・手の甲・靠)

・馬歩

・五指の張り。順番に張って交互の突きを受ける、剣術に応用する

・上段受け・内受け・下段払い・外受け

・上段受けで受けてから押し返す力のタッチ3種

どれも一人で稽古できると同時に師の武術のベースとなるものなので、こういう基礎は家で仕上げてくるように言われる。でないと新しい技や組手のための稽古時間がとれない。

特にできていないもの:

・腕振り 足をどたどたさせない、頭を動かさない。

・震脚しながらの打撃五種 馬歩ができていないので上体がぐらつく。震脚がまずく肩で勢いをつける癖がある。それにしても、ケガしたのが左足で、利き手側右足の震脚に支障がないあたり、強運の星の下に生まれた私です。

・馬歩 ひざを鋭角に曲げない、上体を立てる。整形外科のリハビリで指導されるスクワットと要領が矛盾しないので、姿見でチェックしながらしっかり身につけよう。

太極拳で自分の両手を合わせて円状の姿勢をつくるのは慣れているけど、歩法の稽古で、歩きながら対面から斬り掛かってくる相手の手(動き)と自分の手を合わせるというアイデアを教わって面白かった。自分の中だけでつながるのでなく、相手ともつながる、というところが。

空手の受け(上段受け、内受け・・)は腕の回旋運動によって受ける技術。太極拳でも、例えば攬雀尾では右腕の回旋を応用する。また、同じ回旋運動を指から手を使って行えば白桃会の五指の張りになる。どれも回旋という動きが共通項になっている。これが「同様の原理が必ずしも似た外見になるとは限らない」ということの表れだろう。

自由に動くため・ケガをしないためにはまず基本を身につける時期が必要で、今の私はその時期にあたるという。普通はそれは入門前にやるもののようだ(拳児は八極門下に正式入門するまで基礎鍛錬に7年かかっている)が、私は興味が先行したせいか順序が逆になってしまった。今までの時間は、がむしゃらにやってカタルシスを得ようとすることの無益さに気づくためにあったのかもしれない。

稽古後に座学。稽古については微々たる謝礼をお支払いしているけれども、師は座学については謝礼を求められない。その代わり聞いた話は(私はこうしてブログを書いているので)正しく記録するように言われる。聞いた側の責務というものを考えた。そもそも順当に行けば先に世を去るはずの(後継者になりえない)弟子に自分の技を伝えようとしてくれる、師がそうした姿勢であるからには、私に課せられた役割が何かあるはずだ。というわけで今後師と接する際には胸にプレスバッジを着けたつもりで臨もうと思いました。座学の内容は明日以降に追々。まずは殴り書きしたノートの整理というか判読をしないとです。

「プレスバッジはいいけど、実技ができないんじゃ困りますよ」

師の言葉がわかることは実技でできること。実技でできないのは言葉がわかっていないこと。

言葉だけわかって実技ができないということはありえない。喝!