弟子のSです

武術の稽古日誌

半紙にむかって太極拳〜かなの臨書〜

2025年も駆け足で走り去ろうとしている。

今年は前半、記事にも上げたようにジャッキー・チェンの魅力にはまり、半年かけて自分なりのまとめをして一区切りとしたが、後半は何をしていたかというと、かなの書の練習をしていた。

太極拳の稽古と並行して書の練習を始めたのが去年5月。友人宅に集まって、寺子屋の手習いのように「臨書」(お手本を横に並べて見ながら字を書くこと)をする。太極拳の稽古仲間でもあるTさんが書の腕に覚えがあり、リーダーシップをとってくれる。楷書と行書を1年やって、今年7月から「かな」をやろう、ということになった。

私はしかし、その時点でまだ自分のしていることが何なのかわからずモヤモヤしていた。臨書は手本になる字をよく見て、真似て書くこと。だから一生懸命真似て書こうとするが、これでいいんだという気がしない。武術の稽古で、形をただ真似るだけでは何も身につかないと知っているから、その形が象徴的に示すところの、形の奥にある何かが「わかった」と言える感じが欲しいのだが、そこがどうにも五里霧中なのだった。

そこで、何か参考になればとDMMで書道漫画『とめはねっ!』全14巻をレンタルして読んだ。ジャッキー本も一通り読んでしまい、ちょうどいいタイミングだった。
そしたら、これが大変な良書だったのだ。一読して、「書をすること」の理解がものすごく進んだ。そして書道の枠を超えて、私のような武術の学徒にもやたら刺さる内容であった。

臨書について、登場人物の老書家はいう。

「(筆に墨をつけて紙に書く以上、書かれた字を100パーセント真似ることは、書いた本人でも不可能。)しかし、それでも臨書には大きな意味がある。それは「書く」ほうが、より「見られる」からじゃ。ただ漫然と古典の書を見るより、横に並べて実際に真似て書くほうが、はるかにたくさんの発見があるからじゃ。“書くために見る”のではなく、“見るために書く”と言ってもいい。そちらのほうが大事なことなのじゃ」

慧眼のTさんに「あなたは時々気の抜けた字を書く」とか「臨書でなくてあなたの字になっている」と指摘されることがあったが、臨書でそうした字を書くのは、その字の出来が良くないというより、「見ていない」臨書をしたことが問題なのだ。
はるか後世の人間が、間に人を介さずに直接原典から学べるというのは、臨書という稽古のすぐれた特質だと今はわかる。それを見ていないのでは、臨書する意味がない。
そして漫画にも描かれていたが、臨書した書はそのまま展覧会に出す作品にもなる。創作の土台となる稽古であると同時に、自身の作品にもなりうる、それが臨書なのだ。

とめはねっ!』のおかげで、書における臨書の重要性がよくわかったが、漫画ではさらに、その「見る」にハウツーがあることも描かれていた。
先輩が初心者に教えるシーンだったと思うが、

見本を見ながら一画めを書く/書いたら筆を止めたまま見本を見て、二画めの起筆位置を確かめてから筆を上げる/見本を見ながら二画めを書く

(この書き方をすると)ひとつの字を書き終えるまで緊張がとぎれない。ただただ、見本を見て書くことに没頭できる。

これには胸が高鳴った。私は、自分が気の抜けた字を書くのは雑に生まれついた性質のせいだと思っていて、それがコンプレックスでもあったのだが、それが頑張りや心がけでなく、ハウツーで改善する問題だとわかり、天から希望の光が差してきた。

かなの書には何文字かを続けて書く書き方(「連綿」)があり、細筆でするすると書かれた文字はそれは美しいものだが、その連綿を一筆書きのようになぞったのでは、「似てはいるが、わかっていない」字が出来上がる。
漫画から得たハウツーを早速活かして「見る」。そうすると、一つの点画から次の点画へと筆が進んでいく様子がよくわかる。そして書くときは、手には筆を保持する役割だけを担わせ、筆を運ぶのは体にまかせるようにした。太極拳の稽古で身に付けた要領だ。すると、お手本の静かな印象の中に動的な要素があるのが見えてきて、抑揚と緩急の感覚が自然と体に湧いてきた。点画はただそこに打たれたんじゃなくて、流れの中で、そこに点画として現れているのだ。太極拳と同じグルーブ感を得る。これが連綿なんだ。お手本そっくりじゃないけど、少しはわかっている字が書けた。

・・と、こんな感じで、『とめはねっ!』を通して、臨書とは何なのかというマクロの理解と、具体的にどうするかというミクロの理解が進み、冒頭に書いた私のモヤモヤはどんどん晴れていった。書いたものをTさんに褒められることも多くなった。

かな(ひらがな)はもともと平安時代に女性が使用する文字として発達し、皆が親しむ、あの丸みを帯びた流れるような線を特徴とする。『とめはねっ!』では、かなの臨書は「柔らかく、はかなく、繊細に」と指導していた。
ここで私の胸はふたたび高鳴る。この女性的な美しさが、かなの書が表現しようとする世界なら、もしかしてこれは、武術の女踊りとかぶるのでは・・?
「Sさんに必要な稽古は女踊り」とかつて師に言われた、積年の私の課題。苦手意識の塊だが、女性性の表れとみられるかなの書は、今や、なんだか自分に合っている気すらする。女性らしくありつつ伸びやかで自由な連綿が、このさき、女踊りにうまくフィードバックできたらいいと思う。

佐山先生、稽古仲間の皆様(とりわけTさん)、今年もお付き合いいただきありがとうございました。この拙文が何人の人の目に触れるかわかりませんが、皆様にとって2026年が良い年になりますように。そして来たる年、私の女踊りに何らかのブレイクスルーが起きますように。

くり返し見る『酔拳』

『ドランクモンキー 酔拳』(1978年・以下『酔拳』)でのジャッキーの演武を観ると、師から習って稽古したことのある、見覚えのある動きが頻出して、師が過去にどれだけジャッキー映画を熱心に研究的態度で見たかがしのばれる。

先日、稽古で「Sさん、“酔八仙”の名前を挙げてください」と師に言われたが、何のことかさっぱりわからず「スイハッセン??」とぽかーんとしていると、師はため息混じりに「『酔拳』に出てきたでしょう」と仰った。

もっと固有名詞を意識して見るように言われ、再視聴(じつは再々視聴かもっと)してみると、どこを見てたんだというくらい細部の記憶がない。
それぞれの作品について、ジャッキーがすごいとか、この話は好きだとかそうでもないとかいう、ふわっとした印象は持っているけれど、どの場面の何がどうなのか、具体的なことはほとんど頭に残っていないようだ。深く味わう楽しみはこれからだとわかった。

「酔八仙」はジャッキー(役名はフェイフォン)が師父から教わる酔拳の奥義であり、8人の酒仙の名が冠された特徴的な動き。
日本語版の台詞や、Google翻訳にかけた中国語版の台詞を参考に、演武の場面を行きつ戻りつしながら、その特徴をまとめてみた。

呂洞賓(ろどうひん):
酔えば酔うほど内に力がみなぎる酒仙。酒壺を指だけで持ち上げる。

鉄拐李(てっかいり):
片足の膝下が欠損した酒仙。残る片足での蹴り技にすぐれる。鉄拐は「鉄の杖」の意。

漢鐘離(かんしょうり):
腕に酒甕を抱いて身を守る怪力の酒仙。甕を抱えて歩く、飲み干す。

藍采和(らんさいわ):
花籠を持っており性別不詳の酒仙。突如敵の下腹部を襲う。目潰しを食らわせる。

張果老(ちょうかろう):
足技に秀でた酒仙。酒盃を投げて連続蹴りや旋風脚

曹国舅(そうこくきゅう):
必殺の絞め技を得意とする酒仙。強力な月牙叉手で敵の喉を突く。

韓湘子(かんしょうし):
笛の名手であり、吹くポーズで胸に一撃を加える酒仙。鉄の手首。

何仙姑(かせんこ):
色仕掛けで男を誘う女性の酒仙。腰をふり相手を悩殺する、肘鉄砲を使うなど。

 

いくつもの動きを稽古でやった覚えがある。酔拳と知らずに稽古していた動きもある。

酔拳とはいえ、酔っ払いを上手く真似るだけで技ができるようなものではなく、映画のジャッキーがするように、受け身や筋力の基礎鍛錬、手指や手首や体幹の鍛錬をするのでなければ、とてもできない技の数々であることは、少しやってみればわかる。

だが、主体を酒盃に持っていかれたような、酔っ払いを模したバランス感覚をつかむことは、筋力が追いつかなくてもできると思うし、師の稽古もそこに重点を置いていると思う。それが映画の中でソウ師父の言う「柔と剛、虚と実を駆使し、敗北の中に勝利を求める」酔拳の感覚だろう。

* * * * * 

そんなわけで、全く頭に入っていなかった酔八仙の技の詳細を今回みっちり見届けたわけだが、それとは別にぜひとも書き留めておきたいシーンがある。

ストーリーに直接関係ないからか、Wikipediaのあらすじにも載っていないけれど、『酔拳』の中で私が最も好きな、情緒あふれるシーンだ。
それは、ソウ師父とフェイフォンが漢詩を吟じながら酒を酌み交わすところ。

ある晩、フェイフォンは師父に対しとんだしくじりをして、しょげている。が、師父に酔八仙の演武を見せられ、この奥義をお前だけに教えている、厳しい基礎鍛錬を経てそれは完成に近づいていると告げられ、表情に明るさが戻ってくる。

「まあ飲め」と酒を勧められ、あわてて従うフェイフォン。飲みながら師父は「おまえ、本を読んだことはあるか?」と尋ねる。ジャッキーは、じゃないフェイフォンは、「数年ですが学校で勉強しました」と答える。

すると、師父はやおら李白の詩の一節を口ずさむのだ。「將進酒」

それを聞くやジャッキーの表情はパッと輝き、師父に応じる。「君莫停」

気分が良くなって酒杯をあおり始めるジャッキー。そして、師が吟ずれば弟子が応じ、弟子が吟ずれば師が応えと、美しいコール&レスポンスのうちにジャッキーはへべれけになっていく。

カンフー映画李白杜甫などの漢詩を吟じることがよくある事なのかどうかわからないが、やりとりする二人の表情から様々な感情が読み取れる、本当にすてきなシーンだ。

二人が吟じた古詩は次の通り。斜体は読み下し文です。

 

將進酒  将に酒を進めんとす
君莫停  とどむるなかれ
與君歌一曲    君がために一曲を歌わん 
請君爲我傾耳聽  請う 君 我が為に耳を傾けて聴け
鐘鼓饌玉不足貴  鐘鼓(しょうこ) 饌玉(せんぎょく) 貴ぶに足らず
但願長醉不願醒  ただ長酔を願いて 醒むるを願わず
古來聖賢皆寂寞  古来 聖賢 皆 寂寞
惟有飲者留其名  ただ飲者のその名を留むるあり

(『将進酒』李白

 

新豊美酒斗十千  新豊の美酒 斗十千
咸陽遊侠多少年  咸陽(かんよう)の遊侠 少年多し

(『少年行』王維)

 

天子呼来不上船  天子呼び来きたれども船に上らず
自称臣是酒中仙  自ら称す臣はこれ酒中の仙と

(『飲中八仙歌』杜甫

 

挙杯邀明月  杯を挙げて名月を邀(むか)え
対影成三人  影に対して三人と成る

(『月下独酌』李白

 

葡萄美酒夜光杯  葡萄の美酒 夜光の杯
欲飲琵琶馬上催  飲まんと欲すれば琵琶馬上に催す
酔臥沙場君莫笑  酔うて沙場に臥すとも 君笑ふなかれ
古来征戦幾人回  古来征戦幾人か帰る

(『涼州詞』王翰)

 

涼州詞』は高校の古文の教科書に載っていたのを覚えている。「古来征戦…」の最後のフレーズは映画では誦じられない。ジャッキーが酔い潰れてしまうのである。

あれっと振り向いて(一番いいところなのに…)と 笑うソウ師父が優しい。そして映画は場面を変え、腕を磨き、格段に成長したフェイフォンの酔八仙の演武シーンに続いていくのであった。

ジャッキー・チェン 演武する喜び

早くも2025年も半分終わり。

今年の前半は、予測もしなかったジャッキー・チェン沼にはまって過ぎた。

きっかけは、1月31日に稽古で「一指動山拳(いっしどうざんけん)」という技を習ったこと。師が『カンニング・モンキー』という映画に出てくる技だと教えてくださったので、家に帰ってAmazonプライムで観てみた。私にとって人生初のジャッキー映画である。そう、今までジャッキー・チェンという人に触れたことがなかったのだ。あえて触れてこなかったと言ってよい。

昭和のころ、TVのロードショー番組で盛んにオンエアされていたのは知っているが、生まれてこのかた、明暗のキャラがいれば必ずやダークな方に惹かれてきた(ガッチャマンならコンドルのジョー、ルパンなら次元大介など)私にとって、ジャッキー・チェンは明る過ぎて興味の枠外であった。

が、このたび縁あって、アマプラで無料で視聴できる『カンニング・モンキー』と『クレージー・モンキー』を視聴し、衝撃を受けた。
面白いって言うけど、こんなだったのか…!!

20代のジャッキー・チェンのパフォーマンスに圧倒され、確かにこれは、いくらでも観ていたくなる。1対1、1対2、1対3、素手でも武器を使っても、トリッキーなのでも…。緻密でアーティスティックな絵面が次々に繰り出され、息をのむ。すごい。何よりそれを、おどけながらやってのけるのが。

若くて武術を知らない頃なら、そういうキャラなんだ、ですませていたと思うが、曲がりなりにも稽古を長年続けてきて、コミカルなこの動きの裏に重ねられた努力、武術用語で言うところの功夫(くんふー)が、どれだけ途轍もないものかが見てわかる。今の私だからわかるのだと思うと、なにか報われた気がしてうれしかった。

ジャッキー・チェンがどういう人なのか知りたくなり、それからは年代順にどんどん観た。本人の肉声が聴きたかったので、観られるものは可能な限り字幕(日本語か英語)で観た。
この半年間で観た作品と読んだ本は以下の通り。

◆出演作

1970年代
レッド・ドラゴン 新・怒りの鉄拳/少林寺木人拳ジャッキー・チェンの秘龍拳 少林門/カンニング・モンキー 天中拳/スネーキーモンキー 蛇拳/ドランクモンキー 酔拳/クレージーモンキー 笑拳/龍拳

1980年代
ヤング・マスター 師弟出馬/バトルクリーク・ブロー/キャノンボール/ドラゴンロード/五福星/プロジェクトAスパルタンX 快餐車/香港発活劇エクスプレス 大福星/七福星/ファースト・ミッション/ポリス・ストーリー 香港国際警察/サンダーアーム 龍兄虎弟/プロジェクトA2 史上最大の標的/ポリス・ストーリー2 九龍の眼/サイクロンZ/ミラクル 奇蹟

1990年代
炎の大捜査線/プロジェクト・イーグル酔拳2/レッド・ブロンクス/ナイスガイ/WHO AM I?/ラッシュアワー/ゴージャス

◆参考作

燃えよドラゴン(1973)(ブルース・リーに倒される端役での出演)
七小福(1988)(ジャッキーが学んだ京劇学院の実話を映画化した作品)
三城記(2015)(ジャッキーの両親の実話を基にした作品)
レゴ ニンジャゴー ザ・ムービー(2017)(ジャッキーがカンフーの師匠役の吹き替えを担当したアニメ作品)

◆自伝ほか

『I AM JACKIE CHAN 僕はジャッキー・チェンジャッキー・チェン、ジェフ・ヤン共著、西間木洋子訳、1999
『永遠の少年 ジャッキー・チェン自伝』ジャッキー・チェン、朱墨共著、鄭重訳、2016
『ケトル vol.40 特集:ジャッキー・チェンが大好き!』太田出版、2017

このへんでジャッキー沼にひと区切りつけようという思いもあり、この場を使って自由研究「ジャッキー・チェン」をまとめたいと思う。

1  私の好きなジャッキー・チェン

Wikipediaに「1962年公開の『大小黄天覇』で映画デビューを果たす」とあるジャッキーは、今年で映画界でのキャリア63年を数えるが、時系列に沿って作品を観るうちに、だんだんと「自分の好きなジャッキー・チェン」がはっきりしてきた。

私の好きな作品は『〇〇モンキー』4作品、『ヤング・マスター』『ドラゴンロード』『プロジェクトA』『酔拳2』などだ。年代でいえば1970年代後半〜1990年代前半、年齢でいえば20代〜40代の頃が最も輝いて見える。

彼の成功までのキャリアをざっくりおさらいしておくと、

7歳で中国戯劇学院に入学。17歳まで京劇や中国武術を学ぶ。一重まぶたの地味な青年であった。

スタントや武術指導などの長い下積みを経て、23歳で『スネーキーモンキー』(1978)をヒットさせる。明るいコミカルなキャラが開花する。

25歳で初監督作『クレージーモンキー』(1979)。

30歳で『プロジェクトA』(1984)。スタントマンを使わず、極めて危険なスタントを自らこなすことを自身のスタイルと定め、香港映画界のトップスターとなる。

40歳で、私を含め多くのジャッキーファンが大好きな『酔拳2』(1994)。私の師も「(酔拳と)酔拳2は別格」と評しておられた。(ジャッキー自身の評価はそれほどでもない。)

80年代初頭よりハリウッド進出を目指しては挫折を繰り返していたが、『レッド・ブロンクス』(1995)の成功を契機に、44歳で『ラッシュアワー』(1998)が大ヒット。世界的成功と名声を手にする。

プロジェクトA』以降、時代が進むほどに、危険なスタントシーンを見せ場として重きを置くようになるが、私はスタントシーンよりも、ファイトシーンや単体のパフォーマンスで見せる作品が好きだ。
監督作品ではちょっとしたシーンで小ネタのようにかわいらしい演出を入れてくるところもいい。自分の持ち味をわかってるなあと思う。


2 ジャッキー・チェンが「ジャッキー・チェン」になるまで

前項で「明るいコミカルなキャラが開花する」と書いたが、自伝を読むかぎり、ジャッキーが彼らしさを発現させる前には、大きな壁が立ちはだかる。

それまでの香港映画界にはスーパースターが君臨していた。言わずと知れたブルース・リーである。哲学的な雰囲気と凄味のある色気をまとった、ジャッキーの持ち味とは全く異なる孤高の魅力を放つ彼が、カンフー映画の人気を牽引していた。

そのブルース・リーが1973年に急逝するや、香港のカンフー人気は下降気味になる。香港映画界は第2のブルース・リーの発掘に躍起になった。ジャッキーの才能を認める者は、こぞって彼をそうした存在にしたがった。
(同様に、ハリウッドに進出しようとするときも、周囲は彼を「クリント・イーストウッド式のタフガイ」にさせようとした。)

しかしジャッキーは、ブルース・リーを「神話」と称えつつも、自分を自分以外のものにしようとする試みには反発し続ける。ブルース・リーが演じた役柄、もっというと、それまでのカンフー映画(ジャッキーによれば、その多くは復讐劇だという)がフォーマットにしてきたシリアスな役柄は自分には合わない、と。
ジャッキーの自伝を読むと、「成功したい」という彼の野心に驚くけれど、そこには「自分らしさ」を見せたい、それで成功するのでなければ意味がないという執拗さがある。

僕は「次のブルース・リー」になりたいなんて思ったこともない。僕は「最初のジャッキー・チェン」になりたかっただけだ。(『I AM JACKIE CHAN』)


ジャッキー・チェン」という名前すら持たなかった「一重まぶたの地味なチャン・コンサン」が、自分らしさは既存の「そこ」にはないと、なぜ迷いなく先の見えない未来に向かって進んでいくことができたのか、何もないところに梯子を架け、「ジャッキー・チェン」になることができたのか…。キャリア前半の彼を見ていると、畏敬を通り越して不思議な気持ちになる。それでしか成功は叶わない、と何者かにたぐり寄せられているようだ。

私も師に就いて学んでいるけれど、私の学びのゴールも「師みたいに」なることではなく、徹底して真似ることを通して、最終的には「私が私に」なることであるはずだ。ゴールインできるかどうかはともかく、努力の方向性としてはそうでなければならないと思う私は、師とは異なる個性を持った別の人間だからだ。強いて「師みたいに」なろうとすれば、出来の極端に悪いコピーになるしかないだろう。

プロデューサー呉思遠(ウー・シーユエン)が初めてジャッキーを訪ねてきた時、発言権を持たない下積みのジャッキーに「もし決定権があったら、あなたはどんな映画を作りますか」と訊ねた、というくだりが自伝にある。
耳を傾けてくれる人を得て、あふれ出した彼の言葉を、私は涙なしで読むことができない。

ブルース・リーがいつも上段を蹴るのなら、おれは中段を蹴るようにします。ブルース・リーが格闘のときに大声で叫んだりするのは、気負いや怒りを表現するためだが、おれは叫びながらあかんべえをして、痛みを表現します。観客から見て、ブルース・リーが超人に映るなら、おれは普通の人になります。おれは小市民の役がやりたいです。欠点や悩みがたくさんあり、決して万能ではないし、侠客でもヒーローでもないような役がやりたいです」(『永遠の少年』)

 

そして呉思遠と撮った映画『スネーキーモンキー』は大ヒットして、水を得たようにのびのびしたジャッキーの時代、新しいカンフー映画の時代が始まるのだ。


3 ジャッキーの武術とは

書いたように、私は最初に観たのが「モンキー」シリーズで、そのとき、なんてチャーミングで、楽しそうに演武する人なんだろうと思った。

ジャッキーは難しい顔で演武しない。ファイトシーンで彼の与える印象はいつも明るく(全作品を観たわけじゃないので断言するのは気が引けるが、私の好きな1970年代後半〜1990年代前半の頃の印象はそうだ)、破天荒で、観る者へのサービス精神に溢れている。

これはジャッキーが武術学校でなく、演劇学校出身だというのが一つの理由だと思う。京劇というアクロバティックな芸術を学ぶ過程でカンフーの動きを身につけた彼は、自分を「武術家」ではなく「(武術を使う)俳優」と見なしている。共演する武術家に大きな敬意を払うのもそのためだろう。

ジャッキーと自分を引き比べるのもおこがましいけれど、その点、「生き残るための技術」としての武術から入って、「演武って何ですか?」の時期が長かった私とは素地が全く違う。
ジャッキーの自伝のどこを読んでも、武術的な思索や格言のようなものは見つからない。そしてそれは彼の魅力を少しも損なわない。

「生き残るための技術」という意味でなら、「100フィート下のコンクリートの上に落ちても死なない方法」がジャッキーの「武術」なのかもしれない。でも武術というものは、ジャッキーを見ていると、それを通して人に何かーー肯定的な何かーーを伝えることなんじゃないかと思えてくる。私がそれを彼から受け取ったように。

僕の映画では、闘いは永遠に続く!・・(その理由は)僕の映画の中の闘いがただ結論を引き出すためのものではないこと、つまり、僕のファンは誰かが叩きのめされるのを見たがっているのではなく、優れた闘いを見たがっているからだ。つまり、美しく、込み入ったダンスを創造しようとしているのだ。(『I AM JACKIE CHAN』)


「僕のファンは誰かが叩きのめされるのを見たがっているのではなく、優れた闘いを見たがっている」というジャッキーの認識は正しい。ファンの立場からこれは断言できる。(だから後年彼がスタントに傾き、彼自身が「叩きのめされる」のを見るのは、私には正直つらいものがある。)

優れた戦い。美しく、込み入ったダンス。そしてそれを提供するジャッキー本人の魅力と熱意。私としては今のところ、これがジャッキー映画のキモのように思える。

ファイトシーンの動きについてはあらかじめ決められた台本がなく、彼によれば「ジャズ音楽のようなもの」なんだそうだ。つまり即興のテイクを、重ねに重ねて映画に仕上げていく手法だ。だからものすごく撮影に時間がかかるし、フィルムも盛大に使う。

私の好きな作品を例にとると、『ヤングマスター』で投げた扇を再び受け取るシーンには120テイクを要し、ラストの長い長いバトルシーンは、敵役の用いる韓国合気道の力と美しさを見せようと、寸止めなしで1か月以上かけて撮影されたそうだ。
また『ドラゴンロード』では撮影中1000回のNGが出され、最後の球技のシーンに至っては、2週間かけて2900テイク以上が撮影されたという。。

要するにいつもものすごく時間がかかるというわけだ。『酔拳2』で、10分間の殺陣のシーンを撮るのに、3ヶ月半もかかった。・・自分でも、頭が狂っていると思う。(『永遠の少年』)


香港で「成龍映画」を撮るのがいちばん楽しい、と自伝で語っていたジャッキー。観ているこちらにも、その楽しさ、演武する喜びがびしびし伝わってくる。
ブルース・リーを敬い、ブルース・リーになろうとしなかった人。人間にこんなことができるんだと思わせてくれた人。群衆シーンでもすぐに彼がわかる、強烈な存在感。私はかなり遅れてきたファンだが、ジャッキーを知らずに死なないで本当によかったと思う。

ジャッキーを通してサモ・ハン・キンポーアニタ・ムイ、五福星の面々など、何人もの魅力的な中国人俳優を知ることができたのもこの半年間の収穫だった。
どんどん長くなりそうなのでこのへんで締めよう。躍動するジャッキーの姿を胸に、今日の稽古もがんばるぞ。