弟子のSです

武術の稽古日誌

武術ゆく年くる年 〜日々是推手〜

今年もまたたく間に師走である。
ここのところとりわけ時間の経つのが速く感じられるのは、週3回のパートの仕事のせいだと思われる。午後3時からご近所の高齢者に夕食のお弁当を届けているのだ。
安否確認を兼ねて、車で地域のお宅を訪問する。お弁当は一汁三菜、堅牢な保温箱に納められていて、コンテナに6箱入れると結構な重さである。
コンテナを車に積み込み、プップ〜と発進して、いざ訪問。「こんにちは、お弁当のお届けです!」

利用者さんは大半が80〜90代の一人暮らしの方だ。男女比は半々くらい。ドアを開けてもらい、玄関先や居室内で言葉を交わしながら、体調はどうか、変わったことはないか、要望はないか等を数分のうちに確認する。初めの頃は利用者さんとの会話にものすごーーく苦手意識があったのだが、だんだんお互いに慣れてきて、それぞれの個性に合わせて応対ができるようになってきた。

こんにちはと利用者さんに会って、二言三言(あるいはもっと長く)やりとりして、なごやかな雰囲気を残して「ではまた伺いますね〜」と去る。
この一連の流れを平和裡に行うこと、これは推手だ、とあるとき気づいた。

推手は向かい合って右手を接した相手とかわるがわる圧をかけ合う稽古で、上手にできると相手との間に環状のきれいな力のループが描けるのだが、うまく受けられなかったり、体勢に無理が生じると、乱れたところから崩されて終わってしまう。
「崩されたときにリカバリーする動き」を身に付けるための稽古というよりは、どんな無体な圧を相手からかけられても「崩されないための動き」を身に付けるためのものだ。
師はしばしばそのことを喩えて「最上の野球選手はファインプレーをしない」と仰る。外野フライに対して疾走し華麗にダイブして球をキャッチするよりも、あらかじめ球の落下地点にいて難なくグローブに球が収まるような、地味で印象に残らないプレイのほうが上策だというのだ。
推手も同じで、崩されてどう切り抜けるかより、体勢が崩されている、それが既に失敗なのである。そうなるまでの動きのどこかに誤りがあったのだ。

お弁当配達で言うならば、何かのきっかけで利用者さんが不安や不満を感じたとして、その場の空気が不穏になったところを見事な機転とフォローと会話力でリカバリーするよりも(それができれば、それはそれで素晴らしいけれど)、記憶にも残らないような、当たり前の快適さを提供するのが自分に求められたことだと思う。
穏やかで快適な関係性を、出合いから別れまで維持すること。「平和裡に」とはそういう意味である。

実際のやりとりの解像度をうんと上げて書くと、次のような感じ。

1 「こんにちは」と顔合わせしてその日の会話が始まる。言葉だけでなく、声色や表情や態度からその日の相手の様子を観察する。話題をあらかじめ用意していくこともあるが、その場で相手から投げかけられたアクション(言葉でも態度でも)に応える方が会話が充実する。

2 会話中。こちらが無心でいるほどアドリブがうまく返せる。すごく全身全霊でやりとりできたときは、「細心の注意を払いながら無心でいる」ことができている。相手がどういう状態であるかがすごく大事。相手の動き(言葉や素振り)が、こちらの次の動きを決めてくれる。

3 会話の終わり。話の区切りのいいところでやりとりを切り上げる。これは本当に相手と息を合わせる「共同作業」で、ひとしきり話した後、タイミングをはかって「ではまた来ますね」と言う。利用者さんが「はいありがとう」と応えてくれる。配達件数は日によって違うので、時間に余裕がある時も、忙しく短時間になる時もあるが、短いやりとりでもここがうまくいけば後味がいい。最初はこちらの未熟さから切り上げ方が不自然で、ぎくしゃくしていた。

実際の推手でもしばしば指摘されるのだが、こちらの状態に「硬さ」があると、自爆するというか、うまくいかない。逆にこちらに硬さがなければ、相手が多少「気難し屋さん」であってもそれなりに対応できる。ことの首尾は、相手より自分の状態に大きく左右される。

* * * * *

私のお弁当配達だけでなく、人が社会で他者と会う機会はすべて「推手」と言えるのではないかとも思う。会って、ふれ合って、別れる。会って、ふれ合って、別れる。その中で、場をうまくコントロールできる巧者もいれば、まずい応じ方でブーメランのように自分が傷つく人もいる。私は基本的には後者である。特に緊張すると硬くなって目も当てられない。まさに「乱された時は既に負けている」だ。

配食の仕事を始めてしばらくは、利用者さんとのやりとりがある意味「恐怖」だった。在宅仕事ばかりしてきたし、社交というものにもともと苦手意識があって、物怖じしていたのだ。
しかしだんだんと、利用者さんとの対話は「自分一人」でするものではなく、「相手込み」ですることだと悟り、関心が「自分」から「利用者さんと二人の場」に移った。で、「これは推手だ」と思ったら、それぞれの利用者さんと展開するその日ごとのやりとりが少しラクになり、やがて楽しみにもなった。推手で向かい合った相手との間に、心地良いループが描かれるように。ファインプレーできる会話力がなくても、注力するところはそこだとわかったから。

まあ、わたわたしないよう準備して行っても、イレギュラーなことが起きて慌てたり、今日のやりとりはまずかった、あれは失言だったと悔やむことも実際には日常茶飯事。それでも稽古だと思えば、変に失敗を引きずらず、次からはこうしようと前を向いていられる。
クレームというものを経験せずに足かけ2年やってこれたのは、私の能力からすれば僥倖だと思っている。

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実技の稽古に関して記しておくと、今年は套路に大きな変化のあった年だった。準備姿勢の立ち方を正されたのである。

長い年月、骨盤を後傾させ鼠蹊部を伸ばして、横から見てしなるように立っていた。お尻を緊張させて下腹部を突き出し、重い段ボール箱を腰で支えるような姿勢だ。(このブログのバナー右の人物も、その要領で立っている。)しなるフレームを作ることで、お尻以外は緊張なく、くつろいだ姿勢を保つことができていた。

それが今年、鼠蹊部が曲がっていないことを師に見つけていただいたのである。鼠蹊部を折るようたびたび指導された。鼠蹊部を折ると骨盤が前屈して、今までの「強いフレーム」が崩れてしまうので最初は混乱した。でも、椅子に腰掛ける途中のような、それが正しいのだった。修正後の姿勢に慣れると、骨盤を立てて立つことが自然になった。頭の重みをすとんと床まで、素直に重力に委ねているような感覚が得られ、今では「立身中正」とはまさにこのこと、という感じがする。
四股立ちの時などに膝が内側に入る「ニーイン」という私の悪癖も、骨盤を立たせることでやや改善する。立ち方は毎日のことだし、生きている限り続くことだから、キリの良いこのタイミングで(今年還暦になりました)直せて良かったと思う。

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還暦といえばつい先日、生まれて初めて人に「おばあちゃん」と言われた。
病院の待合スペースで、居合わせた5、6歳の男の子の視線を感じていたところ、その子が私の近くに来て「かっこいいですね」と声をかけてきた。何だか知らないが褒められて気を良くしていると、次に彼はひとりごちるような、隣の母親に話しかけるような調子でこう言ったのだった。「かっこいいおばあちゃん…」。それは全てをチャラにするような破壊力があり、私は別の人のことではないかと周囲を見回したほどである。

もうすっかり気を取り直した(来年には孫も生まれ、リアルで祖母になりますし)今では、あのとき私が会ったのは、還暦という節目に現れた神様だったんじゃないかという気がしている。

これからは「かっこいいおばあちゃん」という括りでやっていきなさい。

というメッセージを、男の子の姿を借りて私に伝えにきたんだと思う。

というわけで、そんな方向性で、来たる2024年も精進していこうと思います。佐山先生、稽古仲間の皆様、今年もお付き合いいただきありがとうございました。稀なブログの更新を確かめにきてくださった読者の方もありがとうございました。きっと来年いいことがありますよ。