弟子のSです

武術の稽古日誌

「手から、手へ」

朝のNHKニュースで紹介されていた一冊の絵本、作者の名前に聞き覚えがあり手を止める。30余年前、私が少女漫画を描いていたときの担当編集者さんであった。 高校3年生の私に漫画スクールの大きな賞をくださった。初めて見る大人。私を見つけてくれ、育てようとしてくれた。親にも言われないような調子で怒られた。自身を壊されるような厳しい意見も頂戴した。世に出る新しい価値を創ろうとしていたんだと今ならわかるけど、その時は、求められているものに応えられない、私はこれでいいんだという違和感が強く、そのうち彼氏ができたら恋愛の方がずっと面白くて、少しのためらいもなく私は描くのをやめてしまった。 名前を聞いて胸が痛むのは、その人、Yさんの意欲とか期待とかパートナーシップを裏切ったという思いがあるから。びくつくだけで感謝の気持ちのかけらもなかった当時の愚かさに恥じ入るからだ。 同期でデビューした人の消息を尋ねた時「あいつはダメだ、男ができた」とYさんは言った。新人漫画家は大抵20歳前後の女の子たち。彼女ができて男が漫画を描かなくなったという話は聞かないが、彼氏ができて漫画をやめる女の子は私も含め周囲にたくさんいた。両立、分けて考える、ということに向かない脳なのか、ジェンダーの所為か、今もわからない。 閑話休題、絵本を手にし、巻末の経歴を見て、ついていけなかった自分の才能の無さを改めて思う。やめるしかなかったし、やめてよかったのだ。ただ私は、育てようとかけてもらった思いを、宝物のような僥倖を、つらいという理由でぽいと捨てて省みることをしなかった。Yさんが私のことを覚えているとしたら(99%ないだろうが)、山ほどいる残念な人の中の一人として記憶しているはずだ。 18歳で出会ったときYさんは31歳という若さだったのだと初めて知る。私には「おっかなくて優しい、まばゆいような大人」であった。本のあとがきを読んでもその印象は全く変わらない。すてきな詩の絵本です。書店でどうぞ手にとってみてください。