弟子のSです

武術の稽古日誌

攬雀尾「砂浴び」説

準備姿勢から第一式「起勢」で三十七式の動作が始まると、その直後に続くのが第二式「攬雀尾(らんじゃくび)」だ。太極拳の動きの基本、ポン(かわす)、リー(受け流す)、ジー(圧する)、アン(押す)の四要素が含まれる、たいへん重要とされる型である。

太極拳套路の名称には様々な動物や事物が登場し、その解釈も一様ではないが、「攬雀尾」は単純に読み下せば「雀の尾を攬(と)る」だ。「攬」は「取り集めて持つ」「つかむ」「手にとる」といったような動作を表現する漢字であり、英語ではgraspやholdにあたる。
なぜ「英語で」と書いたかというと、私が師について三十七式太極拳を学び始めたとき、創始者鄭曼青(1902-1975)の言葉を知ろうとしても、日本語に訳された著作がほぼ皆無で(なくはなかったが高価)、私が読めるものとしては英訳のテキストしかなかったからだ。鄭曼青はニューヨークに移住して教えていたため、鄭子三十七式太極拳は主に欧米で普及しており、著書や関連本がペーパーバックで入手できた。
その中で私が選んだのは、"T'ai Chi Ch'uan: A Simplified Method of Calisthenics for Health and Self-Defense" by Cheng Man-ch'ing。原著のタイトルは不明だが、鄭曼青の著作を直弟子が英訳したもので、「推手」の項の解説写真では、訳者たるこの直弟子が鄭曼青の相手を務めている(師父と同郷の中国系に見える)。そうしたことから、母国語で、あるいは英語で鄭曼青の語った内容を伝えるものとして信頼が置けると判断、長く愛読している。(とはいえ、信憑性を疑い出せばキリがないのだが。)

前置きが長くなったが、問題は「雀の尾」の「雀」とはどんな種類の鳥か、ということだ。その著作においては、「攬雀尾」は次のように英訳されている。

Grasp the sparrow's tail(スズメの尾をつかむ)

「雀」を「孔雀」「朱雀」とみなす方も多い(というか主流のようだ)が、sparrowはいわゆる「スズメ」であって、どう寄せても「大型の鳥」という解釈はできない。しかし小型のスズメだとして、あの型のどこがどうして、また何がしたくて「スズメの尾をつかむ」なのだろう?
首をひねりながらネットを巡回していたら、攬雀尾について「雀が尾を振りながら砂浴びをしている様子」「雀が羽を広げて砂浴びをしている様子」という解釈があることがわかった。なるほど、人が「スズメの尾をつかむ」のではなく、スズメが自身の尾をつかむのであったか!

動作の主体があの茶色いちっぽけなスズメ、という解釈は少数派かもしれない。「攬雀尾」という字面からして日本人の目には優美に映ることもあり、私も長年(頭の片隅に"sparrow"がありながら)「孔雀の尾をつかむ」イメージで動作してきた。スズメという解釈は誤りだと明記したサイトもある。
攬雀尾は套路三十七式中、4回にわたって繰り返される型である。「たびたびスズメが砂浴びする」のと「たびたび孔雀や朱雀の尾をつかむ」のとでは套路自体の、ひいては鄭子太極拳の印象まで変わってきそうだ。しかし、そこは学徒の気楽さ。本稿ではSの解釈による「攬雀尾」動作解説を試みようと思う。

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 スズメは丹田に羽を休め、くつろいで、さて砂浴びでもと考えた。普段は別にきまってそうするわけでもないが、気づいたら砂場にいたからだ。

・攬雀尾左ポン・下(左手でかわす)
 砂に身を埋めると、重力にしたがって砂が自分に注がれてくる。スズメは水滴を逆さにしたような体型をしているので、そのままだと砂の圧で胸が苦しくなる。そこで、流れ込んでくる砂の流れを自分の動きでコントロールする。重心を左脚に移し、Yのかたちの右足をそっと外側に向けた。同時に左羽を右方向に張り出す。こうすると砂はかわされて右方向に流れていく。胸を圧するかと思われた砂が、今は左肩口を洗っていい気持ちである。そうしたら砂の流れに抗わないまま重心を右脚に移し、軽くなった左脚を引き寄せる。何か丸いものを抱えるように、両方の羽は十分に張る。そうやって胸の前に空間をつくり胸を守るのだ。

・攬雀尾左ポン・上(左手でかわす)
 砂浴びのコツは、砂に取り巻かれていても巻き込まれず、砂が自分にとって好都合になるように動くこと。両脚が揃った状態から、右脚に重心を残して左足をつま先方向(砂の流れの上流)に、これもそっと一歩踏み出す。足場がしっかりしたらゆっくりと重心を左脚に移したいけれど、流れの上流に向かうことになるのでただでは難しい。左羽の内側を自分に向けたまま、右羽を下にあおぎ、この力を借りて左羽を胸の位置まで上げていく。体が左に開いて、流れに向かっていく。右足かかとを少し内向きにターンすることで、砂の流れに完全に正対する。胸の前で張った左羽の下に砂が流れ込んでくるが、安定した姿勢なのでぐらつかず、洗われていい気持ちだ。

・攬雀尾右ポン(右手でかわす)
 砂浴びでは前後左右上下、くまなく全身をきれいにしたいので、姿勢の左右を入れ替えたいと思う。重心を左脚に偏らせながら左の手羽先を下に向けると、ゲートが開くように左手羽中が持ち上がり、その動きにつれて右脚が引き寄せられる。左脚重心のまま右足先を直角の方向にそっと踏み出す。右羽の内側を自分に向けたまま、今度は左羽を下にあおぎ、この力を借りて右羽を胸の位置まで上げていく。体が右に開く中で、張った右羽が洗われていく。さっき左羽を洗った時は羽先を下に向けたけど、こんど右羽先は上向きにしてみようかな。砂の流れの変化を楽しむ。重心は左脚から右脚に移る、つまりやや前重心。一番重みのかかるところに砂は集まってくる。重いところと軽いところのメリハリをつけるのが、砂に気持ちよく流れてもらうコツ。砂に持っていかれないために、圧に負けないために、羽を開げているときも付け根の脇はゆるめないこと。

・攬雀尾リー(受け流し)
 さて前が洗えたので、次は尾っぽだ。張っていた右羽をゆるめ、上半身を左にターンすることで砂に左方向の流れをあたえる。左羽を右羽に添えて胸を守りながら、左脚に重心を寄せていく。砂の流れにまかせていれば後ろを振り向くかたちになり、自分の尾っぽが見えてくる。左羽で弧を描くように尾っぽをすくって、お尻をきれいにしてやる。

・攬雀尾ジー(圧する)
 続けて左羽先で右羽先を支えるように交差し、両羽とも十分に張って胸の前の空間を確保しながら、右にターンして前向きに戻ってくる。このとき右肩を退くようにすると、流れに逆らわずに砂との正対位置に戻ることができる。それから後ろ側の左脚を伸ばすことで重心を右脚に移し、結果、前方に圧をかけていく。手羽先だけ突っ張っても砂の圧に負けてしまうので、後方に控えた左羽と両脚で動かしていくのがコツ。圧を加える方向はやや斜め上方、これでおなかが洗えた。

・攬雀尾アン(押す)
 さあ仕上げだ。重心を再び左脚に移しながら両羽をおなかの前で外旋させると、体が後退して砂が流れ込んでくる。こうして砂をふところに受け入れながら、左右の羽先を外側に向けて分ける。横から見てひらがなの「の」の字を描くように、胴で下から上へ、上から下への弧を描くなかで重心は右脚へ(つまり前方へ)移り、砂はやや下方向に押し出される。両手羽中はしっかり体におさえ付け、ただ胴にあわせて動くように。こうすることで、いったんは引き入れられた砂がミキサーにかけられたように混ぜ返される。それまでの動きとは違った立体的なうねりで、肩口、喉元、おなか、下腹部とまんべんなく砂がいきわたる。これですっかり全身がきれいになった。

* * * * *

解釈を考えるなかで、砂は自分を取り巻く環境、外界の万物になぞらえられると思った。それぞれの要素(砂)にあるのは動きの性質のみであり、関係性や自分の扱いようによって、その性質が自分にとって善(体を清める)にもなれば、悪(重さに潰される)にもなること。砂場から去ることも砂場を選ぶこともできるが、いずれ砂場なしでは生きていけないこと。ならば縁あって舞い降りた砂場で、機嫌よく砂浴びを楽しみたいものだ。

余談だが、スズメは、中国においては国を挙げて駆除の対象となったこともある鳥である(「四害駆除運動」1958〜1962)。その政策は裏目に出、スズメの激減が生態系を崩して農作物の不作を招き、数千万の餓死者を出す結果になったという。もしも本稿の解釈通り、鄭子太極拳「攬雀尾」の主役がスズメだとしたら…。鄭曼青は、彼の在世中に行われたこの国策をどのような思いで見ていただろうかと想像は膨らむ。(ちなみにその後、農作物を荒らす害虫を食べるスズメは益鳥として「名誉回復」したそうだ。)時流しだいで排斥され、時流しだいでもてはやされる。そんなスズメの運命も人のそれと重ねてしまい、套路中、スズメになって何度も砂浴びするのも悪くないなと思うのだった。

参考文献:Cheng Man-ch'ing, T'ai Chi Ch'uan: A Simplified Method of Calisthenics for Health and Self-Defense, Blue Snake Books, 1993.