弟子のSです

武術の稽古日誌

はてなデビュー

無事に過去記事のインポートを終え、お引越し完了。 とりあえず見た目だけ整えたので、細かいところはまだこれから。デフォルトで本文の文字が大きく、スペースは小さくて、今までみたいに長くは書けない仕様だが、それがかえっていいかも。

稽古メモ+ブログ引越しのおしらせ

先日、塔手のかたちから、自分の手と接している相手の手を共働して床に着ける(≒崩す)という稽古をした。同じ捨己従人でも、従来は相手と「ぶつからない」という否定形だったが、その稽古からは相手と「同じになる」「同じである」という別種のニュアンスを…

稽古メモ(俳句編)

前々回の記事に「Sさんは遊行ではどうもうまくいかない」と師に言われたと書いたが、何がうまくいかないのですか、と尋ねると「こんな調子では、あなたが”我”から自由になるには、懸命にやっても10年かかる」とのこと。 「我」から自由にならないとなぜ困る…

報酬系の是非

去年の今頃は「出稽古だーー!!」とカフェでバイトしていて途方もなく忙しく、お祭り騒ぎのような毎日、シフトを終えて飲む一杯のアイスコーヒーは極上の美味であった。しかし、このわかりやすい報酬系の至福は何かちがう、武術とちがう、という感覚が常に…

稽古メモ

私の首〜背中はいつなんどきでもガチガチに凝っている。もっぱらケガの時にお世話になっていた鍼灸師に、先日思いついて施術してもらってみた。そのことを書いたツイート(↓)を師が覚えていてくださって、昨日の稽古のイントロはそこからだった。 鍼も打っ…

追求は解放なこと

これだけやっていてとぼけるな、と言われるのだが、たとえば、武術的な力量についての相対的な話、誰と誰のどちらが上か、みたいな話が私にはどうも飲み込みにくい。師の頭の中では、武術家としての視点から、ご自分が誰より上で誰より下かという位置付けが…

俳句はじめました

さて、稽古への参加を金輪際認めない、など時折お父さんに「押入れに入れられ」たりしながら(師がそう仰った)修行はつづく。このブログにも新たなカテゴリーを加えることになった。 それは「俳句」です。 今までに二度開催されたが、句会は道場を離れた稽…

未だ見ぬ蹴り封じ

打撃対策についてはそれなりに怪我も重ねてきたが、痛い目をみれば動物なら何とかしようとするはずという師の予測とはうらはら、いまだ有効な動きができていない。 何年も課題にしてきて、自分はとりあえずこれでいこうと決めたスタイルがあった。それは「(…

失敗メモ

先日、師がツイッター上で名指しはしないが私について「内心では師より自分の方が偉いと思っている。なめている」と指摘された。それは私の心情とかけ離れているため「武術において私は師にこれ以上ない敬意を寄せていて、指摘に関して修正のしようがない」…

この花は私です やっときれいに咲いたのです

稽古や師との対話、その他諸々の勉強を通じて真理に近づく喜びに日々うち震えているが、私の思想的な進捗のあらましを人に伝えるべく記事を書き、「アプラクサスにむかう鳥みたいな話」と題して推敲に推敲を重ねたすえ公開したところ、師にあっさりと「何言…

わからないこと

武術の命題は絶対的な自由の獲得ともいえる。それは「殺されるのに比べれば従った方がまし」「やりたいことはできないけど給料はいいから続ける」の類ではない。なので人間をこうした二択形式の対立構造から解放する必要がある。なので雨は降っているし、同…

切磋琢磨を以て相叶う

昔でいう武州に遊びに行ってきたが、ひたすらぐうたら・ぼんやりしていても、ふと見た額に兵法目録の伝授文句が掲げられていたりして、縁あるものは目が探し出すものだと思う。 これは師弟間で授受される免状の定型文らしく、坂本龍馬が貰い受けた「北辰一刀…

稽古メモ

村山聖ではないけれど、「師匠は一生独身だと固く信じていました」。でも、師ほど家族を欲しがっていた人もいないようにも思う。先生、waiさん、おめでとうございます。 3月吉日、結婚祝いを兼ねた特別稽古には白桃会の前身であるドラネコ商会の面々もいらし…

稽古メモ、のようなもの

ブログの更新頻度が落ちていて、かつ個々の記事が長くなっているのは、言葉で説明しにくいこと、言葉にすると誤解されがちなことを理解することが多くなっているのが一因だと思う・・。それと、書く以外のことをしている時間が多くなった。といっても武術に…

Go and Fence!

師がブログで感想を書かれていた『こころに剣士を』、1月の末に観てきた。映画を観るためというよりは、師の感想文を理解するために行ったという方が正しいけれど。 行く前に英語タイトル(『The Fencer』)を師から聞き、フェンシング(fencing)という競技…

稽古メモ

3週間ほど更新しなかった。何をしていたかというと、めずらしく働いていたのだ。私は翻訳会社に外注スタッフとして登録しているのだが、時おり私の手に余るようなチャレンジングな仕事がくる。今回もそんな作業と格闘していた。無理かと思われる仕事も、終わ…

稽古メモ

言葉が足らないのは繰り返し注意されるところ。 たとえば、以前はよく稽古の予約をするのに「〇曜日に稽古がしたいです」とだけ伝えて直された。そういう言い方をすると師は「そうですか」と返答され、話をそれきり先に進めないのだった。その言い方で伝わる…

稽古メモ

前回の反省に関して師から、問題は私が「人の話を聞いていないこと」より「聞いていないことについて問題意識がない、それが常態化している(ように見える)こと」だと指摘される。そうなのか・・・ そして言われてしゅんとしていると、指摘でうなだれたり落…

失敗メモ

呼吸投げがなぜできないか考えた末、それは「合気ができていないから」と「最低限の基本動作が不確かだから」だと結論し、合気なんて一朝一夕でできるものでは到底ないのだから、稽古時間を1分も無駄にすまじと稽古前日にレポートを師に書き送る。水曜稽古で…

失敗メモ

水曜日から稽古している「呼吸投げ」、師のツイートによれば「気で導く」技だということだが、大変に難しい。正式名称を知るまでは(シャルウィダンス投げ・・)と心で呼んでいた、そんな社交ダンスのような誘導から反転してかける投げ技だ。それは次のよう…

稽古メモ

水曜日の稽古で、前回教わった裏打ちの打撃をできるように(次の稽古に進めるレベルに)仕上げていかなかったため、先に進めなかった。それは基礎鍛錬の腕振りと羽ばたきを合わせたような「落下の勢い」と「腰が先導する一拍遅れのリズム」で打つもの。参考…

失敗メモ

あけましておめでとうございます。年明けからやらかしております。 師の単按に対して受け身がとれず、自由組手で後頭部を床に打ち付けることが続いたため、昨年末、経過措置として初稽古までに後頭部の防具を用意せよとの指示を受けた。年が明け、初売りに賑…

地獄は一定すみかぞかし

武術や、武術の師や、稽古について。詩人の伊藤比呂美さんが現代語訳した『歎異抄』第二条、抜粋。念仏を稽古と読み替える。 わたしは、ひたすら念仏してアミダ仏に救われようと 法然師のいわれたことをそのまんま信じているだけで あとはなんにもありません…

『聖の青春』

前回の記事に対し、私を心配してくださる方からいくつかの親身なご意見をいただいた。ありがとうございます。 『聖の青春』という映画を観ました。早逝した天才棋士・村山聖の物語ですが、劇中で彼が声を震わせて「勝ちたいんじゃー!!」と叫ぶシーンがあり…

元弟子のSです

ブログを始めた当初、4年後にこんなタイトルの記事を書くことになろうとは思いも寄らなかったが、前回の記事に書いた「弟子であろうとするSです」なんて認識は甘く、既に師弟関係は解消されていた。・・といっても、稽古は条件付きで継続中だが。 師のブログ…

このごろのこと

弟子とは師との契約において「山のカラスが黒かろうと、師が白と言えば白」と、おのがエゴをドブに捨てることを承服した者のことである。 それはこちらの記事にあるように、 師が命じていること=弟子が望んでいること=武術が要求していることの三位一体が…

子供空手のこと

助手として子供空手の稽古に参加させてもらうようになってから3年ほど経つだろうか。大変な思いもたくさんするけれど、子供から学ぶこと、空手から学ぶことが多く、負の感情を相殺して余りあるものがある。このところ印象に残った出来事をいくつか。 小学1年…

忘れようとしても思い出せない

集中すると周りが見えなくなる。私のそれは集中ではなく熱中と呼ぶのだという。直せと師からさんざん注意されているのだが、この怒涛の集中力に助けられた経験も今まで多くあり、いちがいに悪者扱いすることができない(人の性質とはおしなべてそういうもの…

稽古メモ

師によれば「ピザって麺類ですよね」と言い張ってきかないのが私だということだ。「いや違います」と答えても「だって小麦粉でできてるじゃないですか」と強弁する。麺類かどうかは「原材料」でなく「形」で決まるのだ、といくら教えても聞き入れない。認識…

稽古メモ

昨日の稽古で、剣術の動きを利用した力の出し方をやった。剣道の「叩く」刀使いと違い、剣術の(つまり日本刀の)刀使いは柄の方向に「スライドさせる」。稽古では自己の他者化・身体の道具化ということをよく言われるが、刀を持った腕〜肩〜背中をひとつな…